「死ぬまでに全駅」 駅索引

2016/09/30

「死ぬまでに全駅」(261) #0445 熊谷駅 1/4

#0445 熊谷(くまがや)駅 その1
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東日本旅客鉄道
・上越新幹線
大宮|本庄早稲田
・高崎線
行田籠原

秩父鉄道
・秩父本線
持田上熊谷
【所在地】埼玉県熊谷市
【開業】1883(明治16)年
【乗車人員(日)】30,864人(JR)、5,831人(秩父鉄道)
【当駅のざっくり年表】
1883(明治16)年 日本鉄道の駅として開業。当時は終着駅。
1901(明治34)年 上武鉄道(現秩父鉄道)が開業。
1906(明治39)年 日本鉄道が国有化。1909年、高崎線の駅に。
1922(大正11)年 北武鉄道が秩父鉄道に買収、当駅~羽生駅間が全通する。
1943(昭和18)年 東武熊谷線が開通。
1945(昭和20)年 熊谷空襲(国内最後の空襲)。当駅にも被害が出る。
1973(昭和48)年 ホーム改良により秩父鉄道羽生~三峰口の直通運転開始。
1982(昭和57)年 上越新幹線開業。停車駅に。
1983(昭和58)年 東武熊谷線が廃止。南口設置。
1987(昭和62)年 国鉄分割民営化。JR東日本の駅に。
2001(平成13)年 suica供用開始。
2004(平成16)年 東口(ティアラ口)設置。

撮影日:2013/7/6

駅構内図:https://www.jreast.co.jp/estation/stations/625.html

埼玉県熊谷市の代表駅。
上越新幹線、高崎線、秩父鉄道が乗り入れる。

熊谷市は人口19.8万。
埼玉県北部を代表する都市で、
全国に37ある特例市にも指定されている。
写真はメインの北口で、「正面口」とも。

駅前は大型店舗の撤退により
やや衰退傾向。
ロータリーのバス発着場には
国際十王交通、朝日バスなどが乗り入れる。

熊谷と言えば猛暑の夏。
夏の最高気温でたびたびニュースに。
市も「あついぞ熊谷」と銘打って
逆手にとってまちづくりに活かしている。
この日は曇りで30度なかった(笑)

改札階へ上がる階段。
涼しげな海底の階段アート。

階段前にまちを描いた絵が展示してある。
浮世絵っぽく見えるが(笑)、
明治~大正くらいの頃の熊谷を描いている。

改札階連絡階段を2階から。
正面口は市のイベントなどが多数開催され、
今もこのまちの
中心部であることには変わりない。

駅コンコースはあとにして、
先に南口へ出てみよう。
秩父鉄道駅を渡る通路を進む。
「ぎょうざの満洲」いいね(笑)

南口。
開設は新幹線開業後の1983年。
駐車場など、空地が目立ち、
北口と比べ発展途上?

500mも歩くと荒川の河川敷に出る。
河川敷は春は桜まつり、夏は花火大会で
賑わうとのこと。

3つめの出入口はここ東口。
2004年に開業した複合商業施設
「ティアラ21」開業時に設置された。
車寄せのロータリーには
「熊谷うちわ祭り」の提灯やぐらが。

東出入口の階段付近。
市の事業のひとつ「冷却ミスト」が噴き出す。
他出入口にもあるが、気づかない人も。
ここ東口がもっとも低い位置から噴出。

正面口(北口)の階段をあがると
改札前のコンコースに出る。

改札前の券売機、みどりの窓口付近。

改札口は1ヶ所。この他に
改札内に新幹線乗り換え改札がある。
左の通路を進むとAZの店舗内を進み
東口(ティアラ口)に出る。

V字の改札口が特徴。
奥に見えるのが新幹線連絡改札。

その2ではJR在来線(高崎線)の
改札内のようすと各ホームを紹介。

(その2に続く)

2016/09/28

「死ぬまでに全駅」(260) #0535 会津若松駅

#0535 東日本旅客鉄道 会津若松(あいづわかまつ)

・磐越西線
広田堂島
・只見線
七日町
【所在地】福島県会津若松市
【開業】1899(明治32)年
【乗車人員(日)】2,781人
【駅名変遷】若松(1917)

撮影日:2013/8/14

福島県会津若松市の代表駅。
会津藩の城下町として栄えてきた。
JR磐越西線から只見線が分岐する。

また、会津鉄道の列車も乗り入れる。

横幅の広い駅舎は2001年に
お城風の出入口に改築された。

「歴史と文化、そして伝統が息づく
街の玄関口」として、
「東北の駅百選」に認定されている。

駅は市の北の端にあり、かつては
駅前に大型のスーパーなどがあったが、
国道沿いのロードサイド店に押され
周囲はやや寂しい感じ。

駅前にはかつて貨物ホームがあったが、
1996年に列車の運行は廃止、
その後駐車場やオフレールステーションとして
今は上屋のみが残る。

改札前コンコースのようす。
出入口の両サイドは土産物屋、食堂、
コンビニ、待合所がある。

改札口。一日の乗車人員は2,781人。
ラッチのデザインは快速「あいづ」号。

改札口を改札内から。
お盆休み、朝から利用客が多い。
会津若松城は「鶴ヶ城」だから
千羽鶴があるのかね。

駅構内は
観光客向けのおもてなしでいっぱい。
細かすぎて多すぎて見きれんのだが(笑)

ゆるキャラもしっかりお仕事。
郡山までは新幹線が鉄板としても
そこからライバルは高速バス。
駅も当然、サービスに力が入る。

いろいろ。とにかくいろいろ。

それもそのはず。
この年は大河ドラマ「八重の桜」が放映、
観光客誘致に強力なヒロインを得て
大盛り上がりの只中だった。

電車もこの通り。

ホームは3面5線。磐越西線はここで
進行方向が逆になるため、
1,2番線は頭端式となっている。

こちら1番線、向かい2番線。
磐越西線の列車が発着する。
中線が1本あり、電車が留置されている。

1番線からホーム頭端に向かって撮影。

ホーム頭端の後ろを進み、2番線へ。
お手洗いはここ。

2番線から撮影。
中ほどまで進むと、向かい3番線の
島式ホームとなる。

右が2番線、左3番線。
3番線には喜多方、新津方面への
磐越西線の列車と
只見線の列車が発着する。

2,3番線のホーム端より
駅舎方向を撮影。
右に4,5番線が見える。

4,5番線へは跨線橋を渡る。

朝の陽を受ける跨線橋通路。
会津盆地の夏は暑い。
今日もまた暑くなりそうだ。

左4番線は只見線列車が、
右5番線はおもに
会津鉄道の乗り入れ列車が発着する。

4,5番線はホーム有効長が短い。
右は留置線で、
特急形電車が停泊しているのが見える。

留置線の先に会津若松運輸区があり、
扇形機関庫と転車台がある。
SL運転時に使用される。

跨線橋から駅舎方向を撮影。
右にカーブしてゆくのが只見線。
観光資源たっぷりの会津の玄関口。
出迎え、見送る。
おもてなしがうれしく感じられる駅。





2016/09/26

死ぬまでに全駅(259) #0617 東我孫子駅

#0617 東日本旅客鉄道 成田線 東我孫子(ひがしあびこ)
我孫子|湖北
【所在地】千葉県我孫子市
【開業】1950(昭和25)年
【乗車人員(日)】729人
※Facebookで「機会があればもう一度
訪れてみたい駅」を選出する
「死ぬまでに全駅501-1000駅レビュー」で
選出された10駅のうちのひとつ。

撮影日:2013/11/3

千葉県我孫子市に所在。
JR成田線の駅。
北西約500mに常磐線天王台駅がある。

駅南側にある出入口。
駅舎はない。

なんかちょっと広い感じの道路が駅前。
自転車置き場もある。

一日の乗車人員は729人。

駅の全景。
単式2面2線の不思議なホーム配置。
踏切はあくまでも駅の構内にあり、
駅利用者以外の使用は
JRにより禁じられているとのこと。

成田線の10連の電車が停車するので
細く長いホームはかなりの違和感。
こちら1番線成田方面下り。
隣り2番線我孫子方面上り。

列車交換ができるよう構内を改修。
1968年のこと。

不思議なレイアウトもこの時から。

1971年の常磐線天王台駅開業が
この駅のターニングポイント。
これを機に利用客は新駅に流れ、
同年に早くも無人化される。

我孫子方面を撮影。
正面の跨線橋は国道356号。

成田方面を撮影。すぐに単線に戻る。
周囲は住宅も多く、利用客も微増している。
東京や品川にも一本で行けるようになった。