「死ぬまでに全駅」 駅索引

2017/03/13

「死ぬまでに全駅」(304) #1221 西川口駅

#1221 西川口(にしかわぐち)

・東日本旅客鉄道 東北本線
 川口
【区分】甲 【撮影日】2015/3/15
【所在地】埼玉県川口市
【開業】1954(昭和29)年
【乗車人員(日)】55,051人


埼玉県川口市に所在。
JR東北本線の駅で、
京浜東北線の電車が発着する。


こちら東口。
西川口といえばそう、西川口(笑)
ここは駅の紹介をするところなので
まちの情報はご自分でどうぞ。


東口からは多数のバス路線が伸びる。
イオンモール、オートレース場行きなど。

昔は鉄道空白地の鳩ヶ谷への足は
当駅を発着するバス路線に
頼るしかなかった。


駅前にはパチンコ屋。
この先進んでもさらにパチンコ屋。

賑やかだねえ。


駅西側に出てみる。
名うての歓楽街・西川口のルーツは
こちら西口の「鉄塔横丁」。
鉄塔はもうないが、

その周辺に飲食店その他が集まり、
繁華街を形成したという。


風俗店が進出してきたのは
1960年代の終わりごろ。
赤羽にあった店が摘発され、
荒川を越えてこのまちに移ってきたとも。


やがてここ西川口も
取り締まりが厳しくなり、
一時の勢いを失ったが、
まちをあげての「浄化運動」が進み、
現在は「B級グルメの集まる街」として
再起をはかる。横浜の黄金町と同じか。


当駅は橋上駅舎。
東口は「Beans西川口」と直結。
その連絡通路。


改札は1ヶ所。
広くスペースが取られている。


一日の乗車人員は55,051人。
JR東日本の全1633駅中86位。
前後は茅ケ崎関内新浦安など。

写真は改札内から。


改札内のようす。
旅行案内のポスターやパンフが賑やか。


同じく改札内。
キオスクやそば屋が入っている。
なんか改札入ると急につぼまるねぇ(笑)


ホームは島式1面2線。
左1番線南行東京方面、
右が2番線北行大宮方面
大宮側はエスカレーターでホームへ降りる。


2番線橋上駅舎下から
東京方面を撮影。
上の跨線橋は西口への連絡通路。


島式ホーム端東京方から大宮方面。
開業は1954年。「東北・京浜線」が
大宮まで延伸したのが1932年なので、
南浦和などとともに後発設置の駅。


1番線東京寄りから大宮方向。


同じく1番線大宮寄りから
東京方面。
跨線橋から西口の地上へ降りる
階段が見える。


1番線大宮寄りから大宮方面。
駅を出るとすぐ蕨市となる。
奥に見える跨線橋の手前が市境。


東京方面をホーム端から。
明日への活力を生む歓楽街。
戦後の「奇跡」の経済成長は

それを支えた男達と、彼らを慰めた
そうした場所があったからこそ。
・・・という人もいる。


1956
マル印が当駅。開業して2年後のようす。
江戸時代には蕨宿の助郷とされ、
古くから農集落が集まっていたらしいが、
この時点でも耕作地はやや少なめ。
もちろん風俗街もない(笑)
右は川口オートレース場で1950年開場。
現在の最寄駅は埼玉高速の西鳩ヶ谷駅だが、
つい最近までは当駅が最寄で、
今もレース場行きのバスが東口から出ている。
駅左上の整然と住宅が並ぶ地域は
1941年に陸軍工廠や軍需工場の工員向けの
住宅地として建設されたが、
ここは蕨市なのでまた今度触れる。








2 件のコメント:

  1. 西川口(笑)

    新人の頃は、本当に危険な目に
    あいました(笑)

    日ノ出町よりもひどかった
    記憶が~(汗)

    久しく訪れていませんが、
    だいぶ変遷しているようでっ!
    そういえば、最初に所属した社内で
    想いを寄せた方も川口だったな~(笑)

    都内へ出るのに便利な駅ですねっ!

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  2. 三等兵様

    コメントありがとうございます。

    西川口はいまは普通のまちですが、今回の投稿でいろいろ調べたところ、
    なかなかディープな場所だったことを知りました。
    少年期、日ノ出町界隈に住んでいた者としては、興味があります。
    それぞれの駅にそれぞれの街の顔があると、取材していても楽しいです。
    当駅はそんな個性のある駅のひとつです。

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