「死ぬまでに全駅」 駅索引

2020/04/27

酒保開ケ。各駅紹介(512) #0253 松田駅


#0253 松田(まつだ)

・東海旅客鉄道 御殿場線
 相模金子(1.9km)(2.9km)東山北

※当駅は2015年12月に
新駅舎の供用を開始しました。
写真は2013年1月に
撮影されたものです。

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まつだ Matsuda
区分
甲II
撮影日
2013/1/5
所在地
神奈川県足柄上郡松田町
開業
1889(明治22)年
乗車人員(日)
3,316人(2016)
駅構造
地上駅
ホーム
2面3線


2013

神奈川県足柄上郡松田町に所在。
東海旅客鉄道・御殿場線の駅。
第二種鉄道事業者としてJR貨物が
貨物営業を担当している。


写真は2013年1月のもので、
2015年12月に新駅舎となった。
こんな感じで。
こちら北口の旧駅舎。


足柄上郡松田町。
営業でも訪問していたので
なじみある場所だが、
それ以上に、はるかに
因縁のある地になってしまった。


理由はまあ察して頂ければと
思うが、この地で自分の人生、
終わってたかもしれない、と。


開業は1889(明治22)年。
のち1909年に路線名制定で
東海道本線となる。


1934年に熱海~沼津間が開業、
丹那トンネル経由となり、
そちらが東海道本線となる。
旧東海道線は御殿場線と
改名し、現在にいたる。


北口の駅舎内のようす。
一日の乗車人員は3,298人。
1901年には国府津~山北間が
複線化、東京~大阪間を
結ぶ大動脈の役割を担った。


かわって南口駅舎。
小田急小田原線新松田駅の
北口が目の前。


南口駅舎内から出入口を見る。
松田/新松田駅前を
走る道を「ロマンス通り」という。


北口は地平の改札より
跨線橋を経由してホームへ
至るが、南口は地下道を
通りホームへいたる。


南口の地下道は2,3番線の
国府津方ホーム端に繋がる。
1番線へはいったん北側の
跨線橋を経ねばならない。


ホームは2面3線。
北口駅舎に直結する1番線は
小田急線と連絡する短絡線に
接続していて、上下列車が入線。


北口改札前付近から
1番線を国府津に向かって。
小田急のJR(国鉄)乗入れは
1955年に連絡線が設置されて
以来、もう65年になる。


1番線北口改札付近より
御殿場方向に向かって。
小田急・御殿場線の連絡は
艦砲射撃や空襲などで
東海道線が不通になった場合の
代替ルートの役目を期待され
戦時中に工事が始まった。


かわって2番線は御殿場線
上り国府津方面ホーム。
左に1番線、
同じホーム向かいが3番線。
国府津方面をホーム中ほどより。


2番線国府津方より
御殿場方向を見る。
右の1番ホームがかなり
細くできているのがわかる。


上写真から振り返って
国府津方向を見る。
開業は1889(明治22)年。
かつては宿場町として栄え、
50年後に丹那トンネルが開通
するまで、「東海道本線」の駅として
列車が行き交い、賑わいを見せた。


2番線の跨線橋
出入口付近より御殿場方向。
長いホームに当時の
「東海道本線」の駅としての
貫禄を感じることができる。


3番線は下り御殿場方面。
左の空いた場所にはかつて
側線や留置線でもあったか。
御殿場線の電化は1968年。

3番線ホーム中ほどより
国府津方面を見る。
小田急直通列車は気動車準急の
「銀嶺」「芙蓉」にはじまり
電化後は「あさぎり」となり、
2018年に堂々
「ふじさん」と改称。


2番線国府津方ホーム端より。
いわゆる「松田連絡線」が
小田急線と接続し、合流。
特急電車が御殿場線に
乗り入れる


3番線国府津方ホーム端より
国府津方面を撮影。
いまここに行く度胸がない。
電車ででも車ででも、
いつかまたここを訪れて
気持ちのケリをつけに行く。





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