2017/05/26

路線全駅紹介(10) 横浜高速鉄道 みなとみらい21線


横浜高速鉄道 みなとみらい21線
(よこはまこうそくてつどう みなとみらいにじゅういちせん)

日本大通り駅 2012/9/9

【開業】2004(平成16)年2月1日
【路線距離】4.1km 
【軌間】1,067mm 全線複線
【電化方式】直流1,500V 架空電車線方式
【起点/終点】横浜/元町・中華街
【駅数】5


【当路線のざっくり年表】
2004(平成16)年 開業。同時に東急東横線と相互直通運転
2006(平成18)年 利用者数が累計1億人を突破する。
2013(平成25)年 東京メトロ副都心線を介し東武東上線、西武池袋線と相互直通運転開始。
2015(平成27)年 横浜駅にホームドア設置。順次設置で2020年全駅完了予定。


--------------- 横浜市西区 ---------------

#0282 横浜
(よこはま)
【区分】乙 【撮影日】2013/1/13
【開業】2004(平成16)年(横浜高速)
【乗車人員(日)】189,283人(降車含む)
【他路線】東日本旅客鉄道 東海道本線・根岸線、
東京急行電鉄 東横線、東横線(当駅~桜木町)[2004年廃止]、
京浜急行電鉄 本線、相模鉄道 本線、横浜市交通局 3号線

0.8km

#0114 新高島
(しんたかしま)
【区分】乙 【撮影日】2012/9/9
【開業】2004(平成16)年
【乗車人員(日)】1,807人

0.9km

#0115 みなとみらい
(みなとみらい)
【区分】乙 【撮影日】2012/9/9
【開業】2004(平成16)年
【乗車人員(日)】40,087人

0.9km
------------横浜市中区------------

#0116 馬車道
(ばしゃみち)
【区分】乙 【撮影日】2012/9/9
【開業】2004(平成16)年
【乗車人員(日)】18,080人

0.6km
#0117 日本大通り
(にほんおおどおり)
【区分】乙 【撮影日】2012/9/9
【開業】2004(平成16)年
【乗車人員(日)】12,101人
0.9km
#0118 元町・中華街
(もとまち・ちゅうかがい)
【区分】乙 【撮影日】2012/9/9
【開業】2004(平成16)年
【乗車人員(日)】29,646人





次回(vol.11)は
東日本旅客鉄道 五日市線にご案内。

2017/05/24

「死ぬまでに全駅」(321) #1167 大津港駅

#1167 大津港(おおつこう)

・東日本旅客鉄道 常磐線
 磯原勿来
【区分】甲II 【撮影日】2014/12/28
【所在地】茨城県北茨城市
【開業】1897(明治30)年
【乗車人員(日)】1,001人
【駅名変遷】関本(1950)

茨城県北茨城市に所在。JR常磐線の駅。
茨城県内最北端、最東端の駅になる。

1950年に「関本」から現駅名に改称。

駅舎は2013年にリニューアル。
格子は木製で落ち着いた構え。

五浦海岸の六角堂は
文人・岡倉天心の思索の場所として
1905年に建てられた。
2011年のあの地震で津波に流されたが
翌年再建された。

その六角堂を模したエントランス。
煉瓦(風?)の土台に瓦屋根と、
なかなか趣きのある駅舎だ。

駅前広場、ロータリーのようす。
駅出入口は東側のみ。
西側へは跨線橋で渡る。
西側には、まあ、何もない(笑)

駅舎内のようす。業務委託駅で、
みどりの窓口も設置されている。

改札口。suica対応。
一日の乗車人員は1,001人。

ホームは2面3線。
改札に直結するこちら1番線は
上り水戸・上野方面。
水戸方向を撮影。

1番線水戸方からいわき方面を撮影。
2015年の改正で、特急はすべて
当駅を通過するダイヤになってしまった。

1番線の跨線橋付近から
いわき方向を撮影。
六角堂の案内が絵つきで
跨線橋の柱に書きこまれている。
奥の橋は東西を連絡する
改札外の跨線橋。

2番線は上下線の待避がおこなわれる。
東西連絡跨線橋下から水戸方向。

3番線は下りいわき方面ホーム。
水戸方向を撮影。

2,3番線から跨線橋、
いわき方向を撮影。

2番線と1番線。水戸方向を撮影。

東西連絡跨線橋から水戸方向を撮影。
駅名になっている大津港はこの方向、
直線距離約2kmくらいか。

同じく橋の上からいわき方面。
次駅は勿来で、福島県に入る。
左に見える空地は
かつての常磐炭鉱の専用線跡。
途中二手に分かれ、4km以上ある、
距離の長い路線だったが
1972年に廃線となった。

区分甲II種・18きっぷでの取材。
もう日が暮れる。
水戸まで出るのに1時間、
水戸から横浜までさらに3時間。
帰宅する気が失せそうになる(笑)
日本は広い。
これからどんな駅に出会えるのだろう。
その数はまだ当分、尽きることはない。






2017/05/22

「死ぬまでに全駅」(320) #0165 北八王子駅

#0165 北八王子(きたはちおうじ)

・東日本旅客鉄道 八高線
 八王子|小宮
【区分】甲 【撮影日】2012/12/1
【所在地】東京都八王子市
【開業】1959(昭和34)年
【乗車人員(日)】8,839人

東京都八王子市に所在。
JR八高線の駅。
開業は1959年で、当路線23駅の中で
最も新しい駅である。

こちら東口。
煉瓦敷きの駅前広場がある。

周囲には工場が密集しており、
工業団地の真ん中を線路が
突っ切るような感じ。

冒頭に最も新しい駅と書いたが、
その最も新しい駅が
八高線所属駅で最も利用客が多い。

かわって西口。
こちらがメインで
ロータリーもあり、バスも発着する。
写真なかった(笑)。

当駅は橋上駅舎。
駅入口のある東西連絡橋と
エレベーターは八王子市管理。

改札口。
一日の乗車人員は8,839人。
1995年は3,265人だから、
20年で2.7倍に増えた。

改札内から。
開業以来ずっと無人駅だったが、
1996年の電化、
当駅の橋上駅舎化に合わせ
有人駅となった。
ただしJR発足の1987年あたりから
駅員が詰めて改札をおこなっていた。

ホームは2面2線の相対式。
開業時は単式1線で
橋上駅舎化の1996年に現在の配置に。
こちら2番線高麗川方面下り。

2番線を橋上駅舎下から
高麗川方面に向かって。

かわって1番線は上り八王子方面。
上下とも平日8時台に
5本の電車がある。
日中は1時間に2本。

同じく2番線を高麗川方から
八王子方向へ撮影。

高麗川方面に向かう。
すぐに単線となる。

東西連絡橋から八王子方面を撮影。
こちらも単線となる。
次駅は八王子で、路線の起点駅である。


1944
94C7-C14-224を加工)
開業15年前、戦時中の駅周辺のようす。
赤枠が現在の駅のある位置。
青点線は戦後国道20号線となる
旧甲州街道。
日野バイパスができてからは都道256号だが
この当時、ほとんどが田畑のようだが
旧街道沿いは集落が密集しているのがわかる。