2017/12/13

「死ぬまでに全駅」(369) #0553 勝浦駅

#0553 勝浦(かつうら)

・東日本旅客鉄道 外房線
 御宿|鵜原
【区分】甲II 【撮影日】2013/9/1
【所在地】千葉県勝浦市
【開業】1913(大正2)年
【乗車人員(日)】1,097人


めっきり寒くなりましたな。
ここはひとつ、残暑厳しくも
心地よい観光地の陽光を浴び
取材した駅を。
千葉県勝浦市の代表駅でJR外房線の駅。

駅の南側に橋上駅舎の出入口が。
勝浦市は人口1.9万。
銚子に次ぐ漁獲量県内2位の勝浦港がある。
海のイメージが強いが、
山地が2/3を占める。

小さいがロータリーを持ち、
おもに小湊鐵道のバスが発着する。
左は勝浦海中公園展望塔のミニチュア。
海中公園の最寄駅は次駅の鵜原だが、
当駅からもバスが出ている。

1958年に市制施行したが、
首都圏では最も人口の少ない市とのこと。
総務省から過疎地域に指定されている。
これ知らなかったな。

出身著名人に実業家の森矗昶、
カープのMVP男・丸など。

何年か前に駅前の海岸で泳いだ。
沖でプカプカ浮かびながら、
年度末とか、仕事で
最も苛烈だった時のことを考える。
いまこの瞬間の自分は
何て幸せなんだろう、ってね(笑)
まあいいや。では、駅を訪ねてみよう。

上写真の階段を上がると
駅舎内への入口がある。

駅コンコース。
市の代表駅とはいえ、こぢんまり。
奥の扉を出ると構内を跨いで
駅北側の住宅街へ出る跨線橋がある。
撮影してない。今なら撮影してる。

逆にその北出入口付近から撮影。
右には空調の効いた待合室。
天窓が開いていて明るい。

改札口。
一日の乗車人員は1,097人。
高速道路は整備されておらず。
鉄道もまだまだ戦える地の利がある。

改札内から撮影。
特急「わかしお」は一日10往復。
東京から87分で到達する。

季節はずれのひな人形が。
毎年2~3月にかけ、
「かつうらビッグひな祭り」が催される。
当地はひな人形の産地というわけではなく、

「勝浦」の地名を持つ地域で連動して
ひな人形の展示を行っており、
和歌山や徳島の「勝浦」でも開催される。

改札内コンコースのようす。
ホームへ降りてみよう。
あらかじめ断っておくが、
当駅の1番線の写真は撮り忘れた(笑)

ホームは2面3線。
当駅始発、終着の電車も多く、
北側に2本の電留線を持つ。

3番線を茂原方向に向かって。
各番線は当駅で折り返す電車が多いため
とくに上下で区分はされていない。

同じく3番線中ほどから
鴨川方向。
みなさんこれから東京へお帰りで?

2,3番線の鴨川寄りにある待合室。
外装も内装も古さを感じさせる。

待合室前より駅舎方向。
左3番線、右2番線。さらに右に1番線。

2番線鴨川寄りから駅舎方向。
右が1番線。記憶にないが、
この時1番線はとうぶん電車は来ず、

閉鎖されてたから写真がないのかも。
2番線が下り、3番線が上りの主本線。

橋上駅舎の下から2番線茂原方向。
ホーム有効長は11両分。

茂原方ホーム端より駅舎を撮影。
現在の橋上駅舎になったのは1982年。

茂原方向を撮影。
次駅は御宿で、この間は複線。

逆に鴨川方向は終点の鴨川まで
単線区間が続く。





2017/12/11

「死ぬまでに全駅」(368) #0160 里見駅

#0160 里見(さとみ)

・小湊鐵道 小湊鉄道線
 高滝飯給
【区分】丙II 【撮影日】2012/11/24
【所在地】千葉県市原市
【開業】1925(大正14)年
【乗車人員(日)】60人(降車客含)


千葉県市原市にある、小湊鐵道の駅。
駅所在地は1954年まで里見村といい、
以降は合併し加茂村、
1967年に市原市に編入された。

清澄養老ラインの愛称を持つ
県道81号市原天津小湊線が
駅前を通る。
小湊はまさに当路線が目指した
最終目的地。

開業は1925年。
小湊鉄道が最初に開通した
五井~当駅間の終着駅だった。
駅舎は当時からのものだろう。

駅舎は今年5月、
国の登録有形文化財に正式登録された。
取材は晩秋の11月、雨の降るお昼時。
やきいもが誘惑する(笑)

駅出入口のようす。
生活の匂いを感じる。
黒いトゲトゲのひもは
イルミネーションの電線。

駅舎内にもいろいろと。
この取材から4ヶ月後、
列車の交換駅となり、
駅員の配置が再開された。
だからこの時は無人駅。

改札口。
木製のラッチが渋い。
一日の利用客は約60人ほど。

ホーム側から改札口を見る。
文化財に指定されたからには、
駅舎はとりあえず
解体されることはないだろう。

ホームは現在は2面3線で、
こちら1番線下り上総中野方面、
左に見えるのが島式だが
外側に列車が入線する
2番線五井方面上り。
1998年から使用しなくなり、
この時には使用再開されていない。

まさに里の秋。
模型のジオラマのような
典型的な田舎駅の風情である。

1番線を上総中野寄りから
駅舎方向。
春もまたいいんだろう。

逆に五井方向から駅舎に向かって。
地元の人だろうか、
駅構内を平気で歩いている。

千鳥式に配置された島式ホームが見える。
切り株を利用した腰掛けや木馬が
ホーム上に置かれている。

1番線のホーム端に構内踏切。
貨物扱のあった頃の名残か、
広いホームに引き込まれる
側線が残っている。

取材時は使用されていなかった
島式ホーム。
この4ヵ月後には使用を再開。
その準備か、ホーム上に
何か三脚状のものが設置されている。

その島式ホームから
現在の1番線と駅舎を見る。

ホーム端より五井方向。
踏切をのんびりとご老人が渡っていく。
大丈夫、列車はまだ当分来ない。

養老渓谷、上総中野方向から
上り列車がやってきた。

ホームの上屋を利用して
干し柿を吊るす。
この仕掛けが観光客向けのアイテムなのか
出荷するためなのか食べるためなのか
よくわからないが、
何にしても駅はこうして
地元の方々にたいそう
可愛がられてるのがよくわかる。

1961
MKT617-C26-30を加工)
中央やや右の円が当駅。
オレンジ点線はかつて当駅より分岐していた
里見砂利山線で、1963年に廃止された。
線名のとおり、砂利を採取し運搬する貨物線だった。
この場所は現在も砂利や砂の採取地で、
トラックが頻繁に行き来している。
ちなみに廃線跡は整備され、歩いて辿ることも可能。





2017/12/08

「死ぬまでに全駅」(367) #0798 東館駅

#0798 東館(ひがしだて)

・東日本旅客鉄道 水郡線
 矢祭山|南石井
【区分】丁 【撮影日】2014/4/5
【所在地】福島県東白川郡矢祭町
【開業】1930(昭和5)年
【乗車人員(日)】88人

福島県東白川郡矢祭町に所在。
東日本旅客鉄道水郡線の駅。

矢祭町役場が近い、まちの中心部にある。
下り列車が福島県内に入ってふたつめ。

木造の味わいのある駅舎。
開業当初からのものだろうか。
1930年、水郡南線の駅として開業。
1年だけ終着駅だった。

駅舎内に入る。
簡易委託駅で駅員さんが常駐。
植木鉢の花が心和む。

新旧とりどりの改札口。
ある意味、理想的。
古いだけでは列車は運行できない。

ホーム側から駅舎入口。
一日の乗車人員は88人。
2000年は170人なので
15年で半減、か。

ホームは相対式2面2線。
以前紹介した磐城浅川川東はすでに
駅舎反対側のホームは使用しなくなったが、
当駅はそんなことはないようだ。
列車交換に必要なのかもしれない。

こちら1番線上り水戸方面。
利用はしなかったが、右のトイレは
この時は水洗ではなかったようだ。
県がJRに水洗化の要望を出している。


1番線を郡山方から駅舎方向。

2番線へは跨線橋で連絡。

2番線は下り郡山方面行き。
上りの終列車は19:46、下りは20:46。
一日8往復、16本の列車が発着する。

跨線橋から水戸方向を。
上りホームの逆側には金網があるが、
保線車両用の側線が1本、
通っているのが見える。

同じく跨線橋から郡山方向。
写真では確認できないが、
左側、駅の西300mには久慈川。
当路線は常磐線と別れると
磐城棚倉付近まで100km近く、
この川に並行して北上する。