2017/12/20

「死ぬまでに全駅」(372) #1850 鬼子母神前停留場

#1850 鬼子母神前(きしぼじんまえ)停留場

・東京都交通局 都電荒川線
 都電雑司ヶ谷|学習院下
【区分】甲 【撮影日】2016/11/26
【所在地】東京都豊島区
【開業】1914(大正3)年
【乗車人員(日)】-人


東京都豊島区にある、都電荒川線の停留場。
駅の撮影に行って、いちばん
がっかりするのは駅が工事中の時。
当停留場付近は取材時、
環状5号線道路の工事により、
軌道の変更やホームの仮移設工事が
進んでいるさなかだった。

「恐れ入谷の鬼子母神」というが、
こちらは雑司ヶ谷の法明寺鬼子母神。
その参道の入口。
ちなみに「きしもじん」が正解だが、
当駅は「しきぼじん」と読ませる。

法明寺 鬼子母神.jpg
wikipediaにあった境内の写真。
鬼子母神とはざっくり言うと、
子供を食べる女神に怒ったお釈迦様が
彼女の子供を隠して懲らしめ、
以降は改心して
安産と子育ての守り神になった、
という、伝説の方のこと。
パブリック・ドメイン, Link

冒頭で触れたとおり、
取材時、当駅は絶賛工事中(笑)。
本来の姿ではないが、まあ仕方なかろう。

ホームに何番線とかはないが、
こちらが早稲田方面のりば。
上り下りとかあるのか知らないが
三ノ輪橋発が列車番号奇数なので
早稲田に向かう電車が下りってことか。

同じく早稲田方面のりばを
大塚方面に向かって。
当駅の真下は東京メトロ副都心線の
雑司ヶ谷駅になっていて、
乗り換え駅として案内されている。

今年から「東京さくらトラム」なんて
オサレな愛称がついちゃって、
車輌も垢抜けたデザインのものが走る。

かわって三ノ輪橋方面行きのホーム。
仮組みで味気ないが、工事完了後の
再取材の予定はない(笑)

同じく三ノ輪橋方面のりばを
大塚方向に向かって。
このとき副都心線の駅はすでにあったので
何を工事しているのかよくわからなかった。

早稲田方面ホームから早稲田方向。
地下に道路を建設中で、
千登世橋を曲がりくねりくぐって下る、
当路線のハイライトも将来は少し
風景が変わってしまうようだ。

かなりの勾配がついているのがわかる。
この先目白通りをくぐると
明治通りの交差点、高戸橋まで
ずっと下り坂。
次駅学習院下停留場も坂の途中に。

当停留場前の踏切。
左に進むと2枚目の写真の
法明寺参道入口に出る。
手塚治虫が下宿していたアパート
「並木ハウス」もこの参道沿い。

大塚方向を望遠で撮影。
こちら側もかなりの上り坂。
東京が一概に平地ばかりでは
ないことがよくわかる。
工事が始まる以前は写真右手に
早稲田方面ホームがあり、
いわゆる千鳥式配置だった。





2017/12/18

「死ぬまでに全駅」(371) #0987 中之条駅

#0987 中之条(なかのじょう)

・東日本旅客鉄道 吾妻線
 市城群馬原町
【区分】丁 【撮影日】2014/8/9
【所在地】群馬県吾妻郡中之条町
【開業】1945(昭和20)年
【乗車人員(日)】939人
【その他】副駅名:四方・沢渡温泉口
     (1945.1)信号場として開業、
     (1945.8)駅に昇格。


群馬県吾妻郡に所在する、
中之条町の代表駅。
「四方・沢渡温泉口」という副駅名を持つ。

駅舎のある北側にロータリーを持つ。
タクシーが常時待機している。
1945年、国鉄吾妻線の開業時に
信号場として設置され、
旅客営業が始まった8月に駅に昇格。

1934年まで吾妻軌道という路面電車が
運行され、当駅付近が終点だった。
吾妻馬車鉄道がルーツで、湯治客を運んだ。

バスは四方、沢渡温泉行きのほか、
やや離れた国道145,353号に
東京発着の高速バスのバス停もある。

駅前はよく整備され、
観光地の玄関駅にふさわしいイメージ。

色とりどりの花たちがお出迎え。

改札外の跨線橋を渡ると、
車寄せロータリーのある駅南側へ出る。
南北で国道に挟まれており、
交通の便はよい。

駅南側は新しい一戸建ても散見できるが、
それらは基本的に農地に点在する。

南北連絡の跨線橋から長野原方向。
では改札を抜けホームに入ってみよう。

改札口は北側駅舎の1ヶ所。
右は待合室。

一日の乗車人員は939人で、
起点の渋川を除き吾妻線駅では最多。
しかしこの15年で利用客は
30%以上減少している。

1番ホームに直結する改札をホーム側から。

ホームは2面3線。
奥の跨線橋で連絡する。
こちら1番線は上り渋川方面。
ホームにも花々を欠かさない。

駅上屋に吊るされた無数の風鈴は
当駅の夏の名物である。
短冊に何か書かれている。

七夕の短冊のように
地元小学生の将来の夢が記されている。
冬は干し柿が吊るされ、こちらは
ニュースでもよく取り上げられる、
当駅の秋の風物詩だ。

1番線の跨線橋付近から渋川方向。
特急「草津」の全列車が停車する。
土日には3往復の運転。

こちら2番線は下り長野原方面。
右の3番線は待避用。

同じく2番線跨線橋下から
駅舎、長野原方向を撮影。

2番線渋川寄りから長野原方向。
手前の跨線橋は改札外で南北連絡用、
奥の薄緑のものが各ホーム連絡用。

待避用の3番線。
特急「草津」は上野~長野原草津口間を
2時間半ほどで運行されている。
前出の高速バスは
東京駅と四方温泉を4時間半で結ぶ。
当然関越道を通るので、シーズン中の渋滞に
ハマることもじゅうぶんありえる。


1番線長野原ホーム端から
長野原方向。
次駅は群馬原町で、特急電車も停車する。

同じく1番線渋川方ホーム端より
渋川方面。
数々のおもてなしがうれしい、
温泉地の玄関駅である。
寒い日が続きますが、ここはひとつ
群馬の名湯に浸かって命の洗濯ってのは
いかがでしょう(笑)。





2017/12/15

「死ぬまでに全駅」(370) #1699 大袋駅

#1699 大袋(おおぶくろ)

・東武鉄道 伊勢崎線
 北越谷|せんげん台
【区分】甲 【撮影日】2016/7/31
【所在地】埼玉県越谷市
【開業】1926(大正15)年
【乗車人員(日)】18,006人(降車客含)


東武伊勢崎線(スカイツリーライン)の
駅で、埼玉県越谷市に所在。
「大袋」と検索すると次候補に
「ラーメン」と出る。
美味い店でもあるのだろうか。

東口駅前。
以前は地上駅で駅舎も地平にあり、
出入口はこちら東側だけだった。

もともとこちら東側にしか出入口が
なかったにもかかわらず、
昔から駅前にあたるスペースは極小。
タクシー待機場所と一時的に送迎車を
駐車するくらいのスペースしかない。

東西を連絡するための地下道は
1974年に供用を開始した。
後述の橋上駅舎化にともない
西口が開設された現在でも使用される。

その西口は2013年に開設された。
まだ舗装も真新しい。
飲食店など商業施設はこちらが多い。
バスは1系統が発着するが、
多くは1.3km北のせんげん台発着に
集中して運行されているようだ。

橋上駅舎の改札前コンコース。
駅舎の落成も2013年。
地元出身の水泳選手、星奈津美が
銅メダルを獲得することになる
リオ五輪はこの1週間後に開幕。

改札口は橋上の1ヶ所。
一日の乗降人員は18,006人。
前駅北越谷が5万3千、
次駅せんげん台が5万9千。
ともに市内の駅なので少し肩身が狭い。

改札内から改札方向を撮影。
しかもせんげん台駅は
当駅設置の40年後の開業にもかかわらず
前述のとおりバス路線もそちらに集中。
ただしせんげん台は春日部との市境にあり
越谷市の利用客ばかりではないが。

改札内コンコースのようす。
特筆すべきものもなく、
典型的な橋上駅。

ホームは2面2線の相対式。
こちら2番線下り春日部方面、
向かい1番線北千住方面上り。
右側が西口である。

2番線ホーム中ほどから駅舎方向。
準急の停車駅。

同じく2番線の階段付近。
2001年、北越谷までの複々線化にともない、
それまで2面4線だったホームは
現在の2面2線に縮小された。

しかし線路は残され、車止めが設置、
保線用車両が留置されることもある。

駅舎はリニューアルし、
バリアフリー化されたが、東武おなじみの
大谷石基礎のホームはそのまま。

かわって1番線。
2面2線化後、それまで東側から
1~4番線だったものを2番線を1番線に、
3番線を2番線にあらためる。

上り1番線ホームの反対側にも
線路が残されている。

2番線から春日部方向を撮影。
この日の取材は概して好天に恵まれたが、
当駅の取材直後に土砂降りとなり、
次の春日部駅の取材が遅延した。

逆に2番線から北千住方面。
旧1、4番線の線路跡は駐輪場などに転換。
駅の改装には20億円が投じられ、
その95%以上を越谷市が支出している。
しかし
駅利用者は1990年の2万5千をピークに
減少の一途を辿っている。