2018/03/07

「死ぬまでに全駅」(391) #0621 木下駅

#0621 木下(きおろし)

・東日本旅客鉄道 成田線(我孫子支線)
 布佐小林
【区分】甲 【撮影日】2013/11/3
【所在地】千葉県印西市
【開業】1901(明治34)年
【乗車人員(日)】2,089人


千葉県印西市に所在。
木下と書いて「きおろし」と読ませる、
JR成田線(我孫子支線)の駅。
まずこちら南口から。


南北どっちがメインかよくわからぬが、
南側には交番、スーパーがあり、
印西市役所もこちらでバスの発着も多い。


改札へあがる階段の前に
当駅の歴史を伝えるタイル風の案内が。
開業は1901年、成田鉄道の駅として。
以前は木造駅舎だったが、2008年
南北を連絡可能な
橋上駅舎に生まれ変わった。


かわって北側ロータリーのようす。
件の木造駅舎はこちら北側にあり、
南側には出入口はなかった。


同じく階段下にはタイルの案内が。
こちらは木下のまちの歴史を
紹介している。
古くは木下街道の宿場町として賑わう。
では改札へあがってみよう。


まだ真新しい南北連絡通路。
南口から北口を見る。


逆に北口から南口に向かって。
外観も内装も木の質感で。


改札口。
一日の乗車人員は2,089人。
1990年当時は3,556人だったので、
25年でずいぶん目減りした。


改札内のようす。
1番線側から2番線側を見る。
ホームへ下りてみよう。


ホームは2面2線の相対式。
こちら1番線下り成田方面、
向かい2番線我孫子方面上り。


1番線成田寄りから駅舎方向。
常磐線直通の10両編成の電車は
成田線内ではいつ見ても
違和感しか感じない。


1番線の駅舎下付近から
我孫子方向。
エレベーターはここ。


かわって2番線。
以前は両ホームは跨線橋で連絡しており、
1935年まで成田駅にあったものを
移築して使用していたとのこと。


2番線成田方から駅舎方向。
1977年には跨線橋のほかに
地下道も設けたらしいが、
駅舎改築時に廃止したのだろう。


2番線ホーム端から成田方向。
すぐに単線に戻る。


南北連絡通路からガラス越しに。


逆に我孫子方向を。
印西市域は1980年代に
南に千葉ニュータウンが開発され、
人口は50年前の3倍にも増加した。
北部に位置する当駅周辺は
ニュータウンの華やかさはないが、
旧宿場町の面影を各所に残し、
のんびりとした雰囲気。






2018/03/05

登録駅紹介・・・2018/3/4


※東京モノレールの正式な路線名は「東京モノレール羽田空港線」。

#2044 京浜急行電鉄 空港線
羽田空港国内線ターミナル

(はねだくうこうこくないせんたーみなる)
【所在地】東京都大田区
【開業】1998(平成10)年
【乗車人員(日)】41,005人
【駅名変遷】羽田空港(2010)

【その他】関東の駅百選


#2045 東京モノレール 羽田空港線
羽田空港第2ビル
(はねだくうこうだいにびる)
【所在地】東京都大田区
【開業】2004(平成16)年
【乗車人員(日)】14,426人


#2046 東京モノレール 羽田空港線
羽田空港第1ビル
(はねだくうこうだいいちびる)
【所在地】東京都大田区
【開業】1993(平成5)年
【乗車人員(日)】13,701人
【駅名変遷】羽田空港(2004)
【その他】関東の駅百選


#2047 東京モノレール 羽田空港線
新整備場(しんせいびじょう)駅
【所在地】東京都大田区
【開業】1993(平成5)年
【乗車人員(日)】1,718人


#2048 東京モノレール 羽田空港線
羽田空港国際線ビル

(はねだくうこうこくさいせんびる)
【所在地】東京都大田区
【開業】2010(平成22)年
【乗車人員(日)】1,387人


#2049 京浜急行電鉄 空港線
羽田空港国際線ターミナル

(はねだくうこうこくさいせんたーみなる)
【所在地】東京都大田区
【開業】2010(平成22)年
【乗車人員(日)】10,109人


#2050 京浜急行電鉄 空港線
天空橋(てんくうばし)駅
【所在地】東京都大田区
【開業】1993(平成5)年
【乗車人員(日)】5,782人
【駅名変遷】羽田(1998)


#2050 東京モノレール 羽田空港線
天空橋(てんくうばし)駅
【所在地】東京都大田区
【開業】1964(昭和39)年
【乗車人員(日)】5,736人
【駅名変遷】羽田(1998)


#2051 東京モノレール 羽田空港線
整備場(せいびじょう)駅
【所在地】東京都大田区
【開業】1967(昭和42)年
【乗車人員(日)】986人
【駅名変遷】羽田整備場(1993)


#2052 京浜急行電鉄 空港線
穴守稲荷(あなもりいなり)駅
【所在地】東京都大田区
【開業】1902(明治35)年
【乗車人員(日)】8,191人
【駅名変遷】
穴守(1913)羽田(1915)稲荷橋(1956)

【その他】副駅名
:ヤマトグループ 羽田クロノゲート前


#2053 京浜急行電鉄 空港線
大鳥居(おおとりい)駅
【所在地】東京都大田区
【開業】1902(明治35)年
【乗車人員(日)】14,459人
【その他】(1997)地下化


#2054 京浜急行電鉄 空港線
糀谷(こうじや)駅
【所在地】東京都大田区
【開業】1902(明治35)年
【乗車人員(日)】12,333人


2018/02/28

「死ぬまでに全駅」(390) #1739 知波田駅

#1739 知波田(ちばた)

・天竜浜名湖鉄道 天竜浜名湖線
 尾奈|大森
【区分】丁 【撮影日】2016/8/6
【所在地】静岡県湖西市
【開業】1936(昭和11)年
【乗車人員(日)】47人


静岡県西端、湖西市に所在。
天竜浜名湖鉄道の駅。
1987年までは国鉄二俣線だった。


駅前を国道301号線が通る。
この写真すぐ右奥は浜名湖で、
松見ヶ浦と呼ばれる入り江である。


駅入口のようす。
駅舎は1989年に建てられたもの。
なかなかスマートな外観だが・・・。


えっ?と二度見する駅舎はこんな。
歯科医院と併設されており、
2階は住居とのこと。
サイトには「駅下車徒歩1分」と
謙虚過ぎ(笑)
0分と書いてもいいんじゃない?


当路線の駅の多くは駅舎の一部を貸し出し、
以前紹介した西気賀の洋食店のように
さまざまな飲食店などが併設されているが
当駅は歯医者さんの建物に
駅が間借りしたような印象。


駅舎内のようす。無人駅である。
上写真の左の円形部分はトイレで、
左の窓ガラスに入口が見える。


殺風景なようだが、
掃除用具が置いてあり、
ゴミひとつ落ちていない。


ホームは2面2線で千鳥式。
何番線とかはない。
歯科医院、いや駅舎壁面には
駅業務とは関係ないと思われる扉が
いくつも見える。


掛川方から新所原方向。
両ホームは構内踏切で連絡する。


とくに遮断機もなく。


駅舎向かい側のホームにあがる。
踏切付近から掛川方向。
周囲は意外に住宅も多く、
湖畔にはヨットハーバーも。


逆に掛川方から新所原、駅舎方向。
駅の開業は古く、1936年。
1987年の国鉄分割民営化により
三セク移行。現在にいたる。


木製のこんな駅名標も。
一日の乗車人員は47人である。


掛川方向をホーム端より。
奥の空き地は貨物扱いのあった頃の
ホームと引込み線の跡か。


逆に新所原方向を見る。
駅を出るとすぐに単線に戻る。
傾いた夏の太陽が影を落とし
薄暗い林の中に線路が消えてゆく。