#1981 土樽(つちたる)駅 ・東日本旅客鉄道 上越線 土合|越後中里 |
【区分】丁 【撮影日】2017/9/10 【所在地】新潟県南魚沼郡湯沢町 |
【開業】1933(昭和8)年 |
【乗車人員(日)】-人 【その他】(1931)信号場と開業(1941)駅に昇格、 秘境駅ランキング第161位(2017) |
1501-2000駅レビュー 第6位
<選定理由>
「川端康成『雪国』の冒頭の信号所はここ。
国境の長いトンネルを抜けても
いまや周囲に人家皆無の無人駅。」
「川端康成『雪国』の冒頭の信号所はここ。
国境の長いトンネルを抜けても
いまや周囲に人家皆無の無人駅。」
新潟県の駅は初めての紹介。 JR上越線の駅で、 新潟県南魚沼郡湯沢町に所在。 |
山小屋風の駅舎。 群馬・新潟の県境の新潟側の駅で、 群馬側の土合も第3回のレビューで2位。 隣り合った駅が選出されるのは初。 |
先月に訪れたが、もう秋の風情だった。 早朝5時前ではまだ暗い。 写真は少し粗めになってしまったが ご容赦願いたい。 |
朽ちかけた名所案内。 スキー場は戦前に開場、駅に至近、 というかホームを抜けないと 利用できないほど隣接していたが、 2004年限りで閉鎖された。 |
茂倉岳、平標山、万太郎山への 登山客の起点となる駅らしい。 この登山カード入れは機能してるのかな。 公衆電話はもうない。 |
川端康成の小説「雪国」の冒頭で、 国境の長いトンネルを抜け 汽車の止まった信号所は 当駅のことである。 1931年、清水トンネル開通とともに開場、 1941年に駅に昇格。 |
駅前のようす。 周囲に人の住む気配はない。 道路だかなんだか わからないような道を進むと どんづまりに駅がある。 |
有名なサイト「秘境駅へ行こう」では 第161位にランクされる。 この関越道の高架さえなければ、 ここまで自分の訪れた駅の中では トップクラスの秘境駅なのだが。 |
構内は広く、保線車両が留置してある。 その他、鉄道関連の建築物がいくつかあるが 日常的に機能している感じはしない。 |
駅を少し下ると県道541号に出るが、 この道も先へ進んでもどこにも行けない。 ぽつんとバス停が立つ。 まさに秘境なのだが、残念ながら 関越道を往来する大型トラックの タイヤの発する「ウォーン」が 静寂を遮る。残念すぎる。 |
駅前へ戻る。 上写真の541号線には 大きく迂回して下っていくのだが、 地図を見ると歩道なら 駅前から抜け道があるのがわかる。 関越道をくぐったこの先だ。 |
無理(笑) 緑の中へ消えている。 |
駅舎内へ入る。 寒冷地の駅では当たり前にある、 入口扉から中に入ると また引き戸がある二重構造。 下写真の扉を開けると駅舎内に入る。 |
駅舎内。広いスペースに自販機があり、 その他トイレ、水道もある。 だけど無人駅。 |
だから登山の人が泊まっちゃう(笑)。 管理駅の越後湯沢から モニタリングされてないのかな。 タバコの火には注意してほしい。 |
ホームは2面2線の相対式。 中間に融雪用の水路を持つ。 |
水上方ホーム端。もともとは副本線があり 本線を待避できる構造だったが、 もうその必要もなく 本線上にホームがある。 旧ホームが手前で、撮影者の立つあたりは 副本線のレールがあった。 |
旧ホームの前に新ホーム。 上りホームの駅舎付近から水上方向。 |
第8位の長谷同様、 もうこんな長いホームはいらない。 途中でブッた切れたホームとレールが残る。 上りホームから新潟方向。 |
下りホームへは跨線橋で連絡。 新潟方向を俯瞰する。 左の下りホームの左が旧、右が新ホーム。 |
下りホーム水上方から跨線橋、駅舎方向。 「雪国」冒頭には駅長ほか 鉄道員の姿が描かれているが、 今は無人駅、どころか周囲に民家は皆無。 |
跨線橋のたもとから水上方向。 関越道が斜めに横切る。 赤黒の竿は調べたわけではないが おそらく雪の積もり具合を 測定するものだろう。 違ってたらごめん。 県内道路のいたるところで見られる。 |
下りホームから駅舎、跨線橋の方向。 レール間に渡した板のようなものは 何だろうか。 この日は新潟県の駅を19訪ねたが、 ところどころ「?」の設備があった。 耐寒耐雪のためのものなのだろうが、 都会の人間にはわからぬ。 |
上りホームの先端から新潟方向。 この先に新松川トンネル。 上り線はループを描いて高さを稼ぎ、 当駅に進入、清水トンネルに突入してゆく。 |
跨線橋から水上方向。関越道さえなければ 清水、新清水両トンネルの抗口が 目視できるのだろうか。 冬の「夜の底が白くなった」時間に 再訪してみたいところだが、 列車は日に6往復。 小説の舞台は今ではまるで抜け殻のよう。 |
0 件のコメント:
コメントを投稿